2011年10月7日金曜日

鳥海山の夕焼け

夕方、友人の写真大家に誘われ夕焼けの鳥海山を撮りに湯沢城址に駆け上がり撮影しました。
平地の時は、夕焼けが盛りでしたが、秋の夕べは釣瓶落しとはよく言ったもので、城址見張台に着いたときは、時期を逸していましたがどうにか夕焼けに浮かび揚がる鳥海山を撮ることが出来ました。
急いで登ったせいか、歳のせいか三脚を忘れ市内の夜景を撮り損ねてしまいました。
気温もだいぶ下がって、虫が居ないと思い油断したら甘かった様で、手の甲を数箇所刺されてしまい、往生しました。





2011年10月2日日曜日

栗ひろい

先日、湯沢市の観光栗園に友人と栗拾いに行ってきました。
中心部から車で7~8分の所の山谷地区にあり、広大な土地に2種類の栗の木が実もたわわに実り、栗の実がはじけ、ひっきりなしに落ちてきます。おおきな実が落ちてくるので、帽子と長袖の服装は必需品です。
観光栗園ですので入園料100円と、拾った栗1キロ500円が必要です。
10月10日迄開園しているそうです。








この奥ず~と栗園です。



















2011年8月29日月曜日

友人手作りの甘い「すいか」

湯沢の8月の2大祭り「七夕」、そして『愛宕神社』の大名行列のお祭りも昨日(28日)で終り、朝夕も凌ぎやすい季節になりましたが、まだまだ日中は30度を越え残暑厳しい季節です。
愛宕神社の祭典には、昔から「すいか・枝豆・かすべ(エイのひれの煮物)」が欠かせないものでした。
(歳がわかります!!)。
先日、家庭農園を頑張っている友人より、昨年は「メロン」でしたが、今年は初挑戦の「すいか」を戴きました。4玉が出来たそうでそのうちの1個だそうで、貴重な作物です。30センチ大の甘いすいかでした。お祭りも過ぎたので、本日戴きました。すいかの糖度を出すのは大変に難しいようで、ファーマー
2年目では会心の出来でしょう。‐‐‐‐‐‐‐ビギナーズラックかな(失礼!)

2011年7月24日日曜日

ミニキャロット

家庭菜園の野菜もだいぶ育ち収穫時季になりました。今年は梅雨が二週間も少なく雨のほとんど降らない日々が続いていますが、野菜のストレスも大の様です。
今朝収穫の「ミニキャロット」‥‥見れば見るほどニンマリしてしまいます。
家内に言わせれば、耕作者の思いが収穫物に表れているそうな。

2011年6月28日火曜日

家庭菜園

大雪と東日本大震災で始まった今年も、すこしは落ち着きを取り戻した東北日本海側も梅雨に入り、我が家の「家庭菜園」も順調に育成しています。晴耕雨眠で早朝から『朝飯前』の畑仕事をしてきましたが、成果が現れつつあります。


友人の画伯が、描いてくれた「苗を愛でる農場主」。




枝豆の畑。


5種類の品種で、順番に7月から9月の末まで、収穫出来るように時季をずらして植えたのですが思惑どうりに行きますか





じゃがいもに花が 咲きました。
収穫ももうすぐ。
新じゃがいもの「いもバター」。
想像しただけで、涎がでます。


絹さやとスナックえんどう。もう収穫開始。
朝取りのえんどう豆の味噌汁は格別で~す。
昔なつかしい「もちとっきみ」(もちとうもろこし)を植えてみました。
地元の先輩農家によりますと、取頃になると、カラス・いたち・たぬきが人間様よりも一歩早く収穫してしまうので、ほとんど人間の口には入らないとの、話です。

小動物とのバトルで、対策中!!

2011年5月5日木曜日

角館のさくら

昨日は定休日。震災の影響でキャンセルか゛相次いだみちのくの小京都「角館のさくら」に同級生仲間と初めて行ってきました。
例年ですと人ごみで歩くのも大変との事でしたが、今年は震災で新幹線がやっとゴールデンウイーク初日に開通したことや、余震で観光客が激減、比較的人手は少なめでした。
桧木内川堤防の延々と続く桜。天候のせいでしょうか河川敷の芝生は隙間のないほどの宴会で埋るのですが今年はちらほら。寒さをものともしない若者のグループが数える程、震災自粛・不景気のせい でしょうか。




武家屋敷通りの「しだれ桜」
観光客のお目当ての観光スポットです。

武家屋敷がそのまま保存され、この季節大賑わいです。





2011年3月26日土曜日

東北太平洋側大震災

3月11日午後2時46分に発生した『東北地方太平洋側大震災』により、東北・関東の太平洋側は15メートルの大津波に襲われ各地で多大の被害がありました。友人のお姉さん一家が被害の最も大きい岩手県の陸前高田の海岸近くに住んでいて、一週間以上安否が不通。病気のだんなさんを抱えての避難ですので心配しましたが、無事避難の報にほっとしたのですが避難生活の困難さに付けても早く湯沢に避難してもらいたかったのですが、道路の寸断とガソリン不足のために、やっと23日に駆けつけることが出来、無事湯沢に避難できました。当日は北上市から大船渡途中から陸前高田ルートを行ったのですが、鮎釣りで有名な「気仙川」の河口から10キロ位上流地点まで河口から流されたひしゃげた車があり、警察官が確認していました。 陸前高田の入口付近の津波で押し流され堆積した廃材の山、11トントラックやコンクリートミキサー車などがつぶれ横転して廃材の中に埋っていました。廃材の上では消防と警察官が捜索していました。 山から市内に入る道路を入ったら、市街地がありません。完全に壊滅です。手前の建物は少しの高低差で無傷でした。   市街地の惨状です。引波に持っていかれたのでしょうか、廃材はあまりありません。 スーパーマーケットの残骸だそうです。鉄骨が曲がっていました。津波の威力の凄まじさを見せ付けられました。 船が廃材の中に。 屋根の上までごみが上がっています。ほとんど土台のコンクリートを残しているだけでしたが、かろうじて形を残している建物も内部はずたずたとのことです。 知人の家は陸前高田の岬にあり、高田湾と大船渡湾からの津波で孤立してしまい、最後に連絡のとれた広田町にあり、報道各紙が一斉に大きく記事・写真を掲載、近所の会長さんが皆無事避難のコメントをしたので、知人の無事を知りました。 知人宅。二階は被害が無い様に見えますが、ぐしゃぐしゃです。車が4台流れ着いています。 前の住宅は土台を残して無くなっています。 裏には船が一艘乗り上げて、どこかの屋根もありました。船の名前は「角屋丸」。 すぐ前には高さ4.1メートルの防潮堤がありますが、今回の津波の前には用を為しませんでした。 防潮堤の上からの被災地。 広田湾の岸壁の漁協。完全に壊滅しています。
災害に遭われました方々に、謹んで御見舞申し上げます。